【山形県川西町玉庭ひなめぐり】
展示している人形は、江戸期の、ものを中心に 古今雛、享保雛、有職雛、相良人形など。
玉庭地区は かつて米沢藩の武士が多く住んでいて 、江戸や京都への勤務の際に家族へのお土産として買ってきたものが家の宝として現在まで大切に受け継がれて来ました。
玉庭ひなめぐりでは、地区内の民家や各施設などに展示した雛人形を家々をめぐり鑑賞することができ、ひな人形の見学と同時におもてなしとして、抹茶や山菜などを使った郷土料理をお楽しみいただけます。川西町には約20組ほどの江戸期のひな人形があり、その8割~9割が玉庭にあります。
古い人形の特徴の1つとして、人形の着物が金襴となっています。
和紙に金箔を貼り細く切って、着物に織り込みました。
徳川吉宗は、金襴の人形や8寸よりも大きい人形を作ることを禁止したため、これ以前に作られた人形だとわかります。
その後作られたのが古今人形で、ひな人形の目が、手書きからガラス玉に変わります。
今から約190年前(天保年代頃)からこのような人形が作られるようになりました。
また、古い人形の着物は紅花で染めた朱色、明治になると化学染料で染められるようになりました。
米沢藩主上杉鷹山の家臣、相良清左エ門の手によってつくられた相良人形、玉庭の奉公人が江戸で買ってきた鴻巣人形や江戸人形なども残っています。
そして、珍しいものとして片膝を立てた座り方(大和座り)をしている女雛があり、玉庭には2体あります。