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長崎県波佐見町で製作されている和山窯(わざん)の染付阿蘭陀人図 コンプラ瓶を出品します。
若干の傷はありますが、使用上は問題ありません。
波佐見焼の歴史は隣町の有田町と同じく歴史は古く、豊富秀吉が朝鮮に出兵した文禄・慶長の役のあと、朝鮮から連れ帰った陶工が開窯したことが始まりです。はじめは施釉陶器を焼いていましたが、やがて染付や青磁を中心に本格的な磁器生産が始まりました。
江戸時代の中頃には「くらわんか碗」と呼ばれる簡単な染付文様を描いた器が盛んに作られるようになり、素朴な筆遣いに美しさがあるとして広く好まれます。
現代の波佐見焼は、個人作家の作品よりは工場生産が主流となり、今のライフスタイルに合うモダンなデザインが多く見られます。
「くらわんか碗」とは、江戸時代に摂津(現在の大阪)の淀川の商人たちが、川沿いの船に小舟で近付き「餅くらわんか、酒くらわんか」と言って売ったことが由来です。
波佐見焼は暮らしの器に息づいた「くらわんか碗」の伝統を持った焼き物です。
本作品は江戸時代に盛んに活躍したコンプラ瓶を参考に和山窯が製作したものです。
コンプラ瓶とは、江戸時代1665年~1873年の間に発展し隆盛を極めた波佐見焼の瓶に醤油や酒をつめ長崎の出島から輸出していた瓶のことを指します。
コンプラとはポルトガル語の「コンプラドール(comprador)」に由来しています。「仲買人」という意味です。長崎の商人たちは「金富良社(こんぷらしゃ)」組合を設立し、東インド会社を介し日本製品の輸出を行っていました。その輸出製品であった醤油、酒の容器として用いられていたことからコンプラ瓶と呼ばれていました。
かつて波佐見で製作されたコンプラ瓶の時代背景を参考に大胆にNAGASAKIと蘭人の組み合わせを意味合いを出し、単なる瓶との違いを出した良い作品です。またコルク付きなところも忠実であり、面白いことに麦わら帽子の蓋となり西洋人のモチーフを全面に出しています。
和山窯は現代でも大人気の波佐見焼窯で連日店舗には足を運ぶ方も多く、最近は若者からの注目も浴びています。
本作品は昭和平成に制作されたものです。現代の和山窯の特色にはない染付の良さがあります。形状も良い為、徳利として、花瓶としても良いです。
サイズは写真の通りです。
よろしくお願いします。