注意:下单成功一律不能取消!
会津本郷焼・宗像窯の花瓶です。こちら目立つキズもなく状態は良いと思われます。宗像窯のシールも貼られたままになっております(シールは角が少し痛みあり)
自宅保管品につき完璧を求める方や神経質な方はご遠慮ください。
会津本郷焼の歴史↓
1593年に蒲生氏郷が若松城(現在の鶴ヶ城)の改修のため播磨から瓦を焼くために職人を呼んだのが始まりとされています。
1645年頃大名の保科正之(会津松平家の祖)が瀬戸から陶工水野源左衛門を招き陶器の製造が始まりました。
1777年には江戸から陶師近藤平吉を招請し会津での磁器生産の技術指導が入る。さらに寛政九年に佐藤伊兵衛が肥前有田への磁器焼成の技術習得の旅に出る。これは当時藩の磁器製作への一方ならぬ期待がうかがえます。伊兵衛は鍋島藩の菩提寺の下僕となって、まわりの人からも信頼され、有田の窯場に出入りしながら陶石・釉薬・絵具の調合方法などを詳細に習得して帰国、寛政一二年磁器の焼成に成功しました。伊兵衛は会津本郷焼磁器の祖として、陶祖水野源左衛門とともに常勝寺の陶祖廟に祀られています。磁器の登場は画期的なことであり、従来から生産されていた陶器は藩の保護があったとはいえ、まだ藩の産業とはいえませんでした。しかし磁器の成功にともない、藩窯業として重要な国の産業となりました。
また町奉行の下に瀬戸方役場が置かれ、伊兵衛は瀬戸方棟薬に任命されます。こうして制度的にも整備拡充するうちに技術的にも向上し、文政年間には手代木幸右衛門はセメ焚き (還元炎焼成)に成功し、ようやく白い磁器の焼成を得ます。また同じ会津の陶工である加藤平八は、文久年間に染付密画の技法を開発し、画工斎藤伊緒が山水・草花などの画法を伝授、京都の画工茂吉が錦手の焼成法を伝授し会津磁器の完成となりました。
また会津本郷焼の「宗像窯」は、1719年創業の300年以上の歴史を持つ老舗窯元です。柳宗悦が賞賛した事でも有名な、にしんの山椒漬け用「にしん鉢」が1958年のベルギー万国博覧会でグランプリを受賞し世界的に有名になりました。
大きさ→高さ約23,2cm
即購入された方は納得の上購入されたものと認識致しますので「思っていたものと違う」等無きようしっかり写真を見てからご購入下さい。
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