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純銀 石州銀小判 石見銀山 徳川葵印あり
石見銀山の遺跡指定を記念して製作された純銀製小判(記念硬貨)です。
当商品は純銀製のレプリカ(複製品)ですが、徳川の御紋も刻印されており、銀貨が流通していた時代を肌身に感じることができる、そんな逸品です。
☆なかなか出回らない貴重な小判です。
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【サイズ】
長さ 59.6㎜
幅 33.4㎜
厚さ 0.6㎜
重量 10.28g
【石州小判 (記念硬貨)】
日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44年)に国によって史跡に指定された島根県大田市の『石見銀山』。
最盛期の銀の産出量はかなりの量であったと言われており、当時の世界の銀の約3分の1を占めた日本産銀の大部分を担ったと言われています。
この産出した銀で丁銀(いわゆる銀貨)が作られるようになり、国内では戦国時代から江戸初期にかけて秤量貨幣として流通していました。
その後次第に衰退の一途をたどり閉山した石見銀山ですが、1969年に石見銀山の代表的な採掘跡である6つの間歩と代官所・墓所などが、国の史跡に指定されました。
これは国内初の鉱山遺跡としての指定であり、石見銀山の歴史的価値の証明でもあります。
石州小判は、この遺跡指定を記念して製作された純銀製小判(記念硬貨)です。
実際に流通していた銀貨のレプリカではありませんが、銀貨の流通当時に政権を治めていた徳川「三つ葉葵の御紋」も刻印されたデザインで、銀貨が流通していた時代を肌身に感じることができるような逸品です。
【石見銀山】
島根県大田市にある「石見銀山」。
石見銀山開発初期は、戦国大名大内氏の支配下にあり、銀は博多から中国、朝鮮半島への貿易決済品でした。
銀山が毛利氏の支配下となった後、銀は温泉津湾から毛利氏の輸送拠点である下関へと運ばれるようになり、次第に通貨として流通するようになりました。
日本産の銀は、最盛期には世界の産出銀量の約3分の1を占めるほどでしたが、その大部分がこの石見銀山で産出されたものと考えられています。
「石見銀山遺跡とその文化的景観」は、2007年に鉱山遺跡としてはアジアでは初めて世界遺産に登録されました。
その規模は529haで当時を彷彿とさせる趣深い町並みには今も人々が暮らし、歴史を伝え残しています。